2013年3月4日月曜日

The Grampus Inn

丸2ヶ月お世話になったパブのみなさんにサヨナラしてゴールウェイに帰ります
なので、本日はパブ暮らしがどんな生活だったかを綴りたいと思います



<The Grampus Inn>
Bill・・・パブのオーナー ちょっと不思議で掴めない人物 fiddleを奏でる
Sandy・・・パブで働くバーメイド おせっかいだけどいい人の塊 負けず嫌い
Ronan・・・シェフ1 口数のすくない真面目なシェフ 時々機嫌がいいと口笛を吹く 
Neil・・・シェフ2 皮肉屋 でも料理の腕はピカイチ 1D好きの娘がいる
Rob・・・シェフ3 音痴な歌を厨房でノンストップで歌い続ける インドに旅立つ
Kristy・・・パブの住人アメリカ人(ベルファストで友だちに)ソーシャルワーカーを目指している努力人
Gillian・・・パブの住人アメリカ人 アート学生 最終年を休学して見聞を広げにヨーロッパにきたらしい
<Lee村の住人>
Mavis・・・75歳くらいのおばあさん 超アクティブ
Janet・・・ポッシュなロンドン出身の60すぎのおばちゃん
Sebastian・・・Janet の夫 アンティーク家具に囲まれて暮らしている
Nicky・・・村の大工 ユーモアが独特 パブに来て一人でしゃべって帰っていく相手の反応はどうでもいいらしい
Michael・・・Mavis の夫 糖尿病を煩っているらしいが 若かりしころはベトナムやコンゴなどの戦場で人権保護の活動をしていたんだって
Jullian・・・崖の上の家に住んいるきのいいおっさん
Betty・・・Jullianの妻 きのいいおばちゃん 14歳の息子もいい子
Heather・・・パブの隣りに住むおばあちゃんMavisより年上だけどこちらも超アクティブ毎日、大きなenglish gardenのお手入れに走り回っている
Danny・・・90歳のおじいちゃんHeatherの夫
Nancy・・・村の気難しい意地悪ばあさん的存在 いつも文句ばかり
Nina・・・Sandyの母 スペインから犬5匹猫5匹とイギリスに戻ってきたオバはん
Simon・・・ロンドンで寿司レストランで働いていたという金持ちおっさん
Alice・・・Simonの妻でしゃべり出したら弾丸ーーー
Maya・・・村一番のお屋敷の女主人
<Lee村の犬>
Lucy・・・パブの住犬3本足の犬
Josh・・・Bettyの犬 ジャーマンシェパードと何かの混血 優しい
Steve・・・Nickyの犬 牧羊犬 くさい お調子者
Dora・・・Janetの犬 ゴールデンレトリバー ぼよよ〜ん肥満体型でおっとりした性格
Samson・・・Ninaの犬 半端ないガッツキで脱走して鶏をくわえて帰ってくる
<その他の人々と犬>
Gavin・・・ロンドンで働く負けず嫌いで声がでかくてドラマチックすぎる人
Linsy・・・Gavinの妻  アメリカ人 Gavinをツッコミながらも楽しい関係が素敵
Nelly・・・Linsyの犬 時々ネルソンと呼ばれる女の子 ブルドッグと何かの混血
Fill・・・村出身の学生 夏にはパブに戻ってきて働くらしい 15歳の頃からパブでバイトをしていたらしい 
Michiko・・・イギリス人と結婚した日本人女性 休日をLee村で過ごしにきていた
Mark・・・Billのバンドのギタリスト
Dave・・・金曜日にミュージックナイトで素晴らしいギターを弾くおじさん 香港に家があるらしい
Louis・・・パブの特別ワインを作っているワイン人 日本にもワインを売りに行ってるらしい
Bryony・・・Billの元妻 
Jullian・・・Bryonyの彼氏
フランス人カップル・・・6月にパブで結婚式を挙げる予定

あぁ、疲れた こんなに人がいたなんて、いやもっといたのかな
生活を綴らず人を書き上げるだけで終わってしまった・・・
もうこれでおしまいでもいいかな いいよねうん そういうことで 
サイナラ グランパス


2013年1月25日金曜日

Burn's Nightだそうで

Burn's Night でした!
有名なスコットランド出身のロバート・バーンズという詩人の誕生日を祝う夜らしい
バーンズの詩をよんでからスコティッシュな伝統料理をいただくんだって

滞在中のグランパス・インにいる3人のシェフの1人ニールはスコットランド出身ということで、もちろんこの日の担当


はりきって厨房でも詩(Address to a Haggis)の朗読の練習をしてはりました



さて、メニューはというと

スターター cock-a-leekie soup  みんな「ココリキスープ!」を連発してたけど字面を見るまでなんのこっちゃ全然わかりませんでした チキンとぼろネギのスープ

メイン         haggis with neeps and tatties こちらもなんのこっちゃ想像もつかなかったけど、要は羊の内蔵とオートミールをぐちゃ混ぜにしたミンチを胃袋に詰めて調理したもの とかぶとポテトのマッシュ

デザート     cranachan ラズベリーと生クリームとウィスキーとハチミツとオートミールの美味しいデザート






シェフ・ニールがお客さんの前にHaggisを持って現れ、詩の朗読
スコットランド訛りのコテコテ英語で何言ってるかさっぱり、だけどラストにでっかい包丁をHaggisに突き立てるとお客さんからも歓声が〜
そして大役を終えたシェフはスコッチウィスキーをがぶりとイッキ飲みしてはりました 

チャンチャン♪


2013年1月17日木曜日

18年...18years...

昨日の晩、なかなか寝付けずに考え事
日本時間はすでに1月17日
母国から離れ拠点もないままで風邪っぴき、多少心細くもなっていたけれど
今を生きている、しかも幸せに生かしてもらっていることに心からありがたいと思った
Last night I couldn't go to sleep because of thinking about "5:46am 17Jan1995" and thinking of my family.
I got sick in opposite side of earth from Japan and was feeling little bit lonely but I was sure I am living now happily and thanking for everything and for today.

阪神大震災から18年、あの日の私は8歳 神戸市東灘区
直前の連休も風邪かインフルで寝込んでいて、甘えただった私は「明日は学校行くけど今日もお母さんと寝る」と父に私の部屋で寝てもらって私は母と大きいベッドで寝ていた でもなかなか眠れなくてしんどかったような記憶がある
18years ago big earthquake(M7.3) hit where I was living in Japan, I was 8years old.
The night before, I was getting better from flu and supposed to sleep in my room but I said to my mother "I will go to school tomorrow but I want to sleep with you for one more night" so my father slept in my small bed and I slept with my mother. I remember that night waiting my mother to come to bed and couldn't fall a sleep for long time.

大きな揺れで目が覚めたけど暗くてよくわからなかった
身体は上向きで寝たまま固まってしまったみたいだった
なんのこっちゃ 天井が揺れてる
横の母は祖母の信仰していた宗教の唱え文句をくり返したり、亡くなった父方の祖父を呼びながら「助けてくださいーーー」と嘆願している
えらいこっちゃ ということに気がつき
私もわけがわからないまま「おじいちゃーん」と泣いていたのかな
あんまり覚えていない
I woke up with long lasting shaking but it was too dark to see anything.
even I wanted to get up I couldn't, it was like my body was sinking into the bed.
All I could do was looking up the shaking ceiling.
My mother was chanting some kind of religious words and then asking help to my grandfather who passed away one years ago.
I thought "this is wrong. something really bad is happening!"
So I started crying and shouting "Granpa!!!" but I don't remember much. I guess I was in a panic.  

揺れが収まってすぐ母と隣りの部屋の父とが声を掛け合い無事を確認、独り部屋で寝ていた兄も私たちの所に来て明るくなるまで待つことになった 父は飼い犬チロとガスや火元のチェック、近所を見てくると出て行った 
When the shaking stopped, my parents start shouting each other and my father went to get my brother from his room and send him into our bed. We stayed in bed waited for the Sun to come up. My father went to check for our dog and neighbors.

明るくなるまでの時間は東向きの窓を3人でずーっと眺めていた
近所のおじさんたちの叫び合う声が聞こえていた
空が明るくなって「お日様かな?」と思ったら「火事やー」という声が外から聞こえてきたり 何だか怖い・・・
My brother and I were staring at east sky for long time.
I heard some people shouting each other "Help us here! someone's down there!"
When we saw brightness in east, we thought "finally its the sun!" but then we heard the voice saying "its a fire" from outside. It was terrifying...

とはいえ、私は実際のところ恐怖を感じていたかというと、そうでも無かったんじゃないかなと思う 母や兄に挟まれている安心感と状況を把握しきれていなくてなんで両親がこんなに焦っているのかなという疑問だけじゃないかな
でもその疑問から少しの恐怖は感じていたのかもしれないけれど
In fact, I wasn't really scared at that moment because I was in between of my mother and brother.
I wasn't sure what is going on so I might had a little fear seeing my parents in panics.

明るくなり、父も帰ってきて家族4人で小学校に一旦避難することになった
ありったけの服を着せられたのを覚えている
外に出ると向かいのマンションの1・2階部分がなくなっている コンクリ塀がべったりそのまま駐禁の標識共々倒れている 塀に囲まれている大きい家が無くなってる
いつもの通学路にたくさんの人がぞろぞろ皆同じ方向に向かって歩いく
放課後、将棋を教えてくれていたおっちゃんの家の1階もぺしゃんこ
学校に着くまでに何人かの友だち家族に会った 大人が話すのを待っていた気がする
When it got bright outside and my father returned, my parents decided to go to elementary school for safety. I remember my mother put lots of clothes on me.
Outside was totally different world from when I used to know. There was a 4 story building in front of our house, 1st and 2nd stories were gone it was crushed. Both sing pole and cement fence was fallen and blocking the road. My usual school root was full of people walking to same direction. I saw a collapsed house which my friend was living, he was a old man and used to teach us japanese chess.  

小学校に到着 すでにたくさんの人が避難してきていた 
その日初めてのトイレに行くと水が流れないから垂れ流しの状態にちょっとびっくりする
どれくらい学校にいたのかわからないけれど両親が早い段階で北区の親戚の家に移動することに決めたので自宅に戻った
When we arrived at school, a lot of people had been there already.
I went toilet to pee for first time that day, but water had been stopped so everything was there. I was surprised and understood little bit better.
We didn't stay long at school, my parents decided evacuate to my aunt's house.

両親や兄が部屋の片付け、移動の準備などをしている間に私は暇になり1人で通りに出た
近所の人たちは避難してしまい、シーンと奇妙な静けさの中に立っていたとき余震がきてグラグラ 走って家の中に駆け込んでいた 怖かった
I don't know why I was outside all by myself, I might got board during my parents and brother was cleaning or preparing for moving.  It was really strange and quiet when aftershock hit. I got really scared and ran into the house.

いつもの何倍もの時間がかかり伯母の家に着いたというのは分かっているけど記憶していない、疲れて寝てしまっていたのかな
I don't remember well about when we got auntie's house.

次の日に返す予定だったレンタルビデオが返せないことを気にしていたのは覚えている
But I remember, worrying about the due date of film rental and no one seemed noticed.

父も母も勤めていたから次の日はどうにかして職場と連絡をとったり職場に行ったり東灘の自宅に戻ったりしていたみたいだけど 私は何にも覚えていない 

2日後の夜、揺れに耐えて建っていた新築の自宅が燃えたと伯母から聴く、兄は泣いていたが私はやっぱりよくわかってなくてボケッとしていた気がする いや聞きたいことだらけだったのかも知れないけれど聞けなかったが正しいのかな 
両親はその日も家の片付けをしに東灘には戻っていたが夕方引き上げていたらしく火災の時には現場にいなかった
母はその日「戻りたくない今日はこっちで泊まろう」と父に言っていたらしいが、父が「荷物はいつでも取りに来れるんやから、一旦帰ろう」と母を連れて帰ってきた夜だったらしい 
Two days after my house had burned down in a fire. I heard about it from my auntie, my brother started crying I didn't I didn't understand. Because our house was there, standing there when we left and now she is saying it's gone...

この辺りのことは後に家族で話すこともなく実際どういう状況だったのか私は知らない
I still don't know what had happen. We still don't talk about it.

ただ毎年1月になると体調を崩す母が父に悲しみをぶちまけているのは覚えている
「なんであの時泊まろうって言ってくれなかったのよ!」「帰り際のあの時掴みかけた箱に一番大切にしていた写真があったのに!なんで今日は置いて行こうって言ったんよ!!」食って掛かるようなときもあれば悲嘆にくれて絞り出すような時もある、言うことは同じでも悲しみはどんどん母の心に鬱積していっていたんだろうなと今は思う
My mother's grief and regret piled up in her heart and she is suffering still.

私はチンプンカンプンのままだった 
I was there without any clue.

この18年間、私はあの震災に関して8歳のまま 家族で語り合うことも少なく向き合う事もなくきた気がする 家族から離れている今だからなのか当時のことを兄に聞いてみたいな、父はあの日何を見たのかなとかと思う そのうち話せるときが来るかもしれないし来ないかもしれない まぁどっちでもいっか 8歳のままでも毎年考えることは違うんだから
18 years have passed, but I am still a 8 year old girl about this earthquake. Our family didn't talk about it much, we are avoiding. I am not sure when we will be able to start talking about it maybe next 1.17 or never but I want to know what my father saw that day in dawn and how my brother is feeling about it and living with it. Well, I guess I will feel different every year.



毎年思い出すのはトミタさんのこと
秋に隣りのクラスに転入してきた子で音楽会のリコーダー演奏の時に隣りやった子
全体練習のときとかにちょっとおしゃべりすることがあってくすくす笑ったりしてちょっと仲良くなっていた子 音楽会当日、演奏が終わってみんなが笛を下ろしたのに彼女だけくわえたままやったから私が「おろすねんで」と声をかけた子 目が大きくてぽよんとした感じでかわいかった子
I remember about one girl.
She was a new girl, we met in a music class and we practiced whistle together and talked little and laughed little.

震災後の春、新しい学校にも慣れてきたころ、電話で話し終わえた母から「トミタさんって知ってる?」と聞かれるが私は「クラスにトビノさんはおるけどトミタさんは知らない」と答えてた 母が「前の学校の2組のトミタさんやけど」と亡くなっていたことも告げられた すぐに思い出したのに私は「知らん!わからん!」とその場を離れてしまった
after the earthquake we moved to different city. In that spring I was getting used to the new school, one day afternoon my mother asked me "Do you know about Tomita-san?" I replied "In my class there is Tobino-san but not Tomita-san" my mother told me "No no Tomita-san was in previous school" and she told me this girl died in earthquake. I remember and I knew what my mother was talking but I shouted "I don't know her! I don't!!" and walked away.
  
その日は怒っていた、なんで引っ越してきたんや、なんで2階で寝てなかったんや、ってすごい怒っていた それから泣いた 友だちになりきれてなかったことも悲しかった
I was mad I was angry "Why did she moved in that house? why wasn't she sleeping upstairs? why? why? why?" and I cried. I was sad because I didn't know her much we weren't close friend.

それからは毎年1月17日にトミタさんのことを考える
あの時彼女はたぶん9歳 
ずーっと9歳のままぽよんとしたかわいい子が私のなかにいる
Every 17th of January I think about her and remember little cute round face with big eyes
She was 9. And she will be 9 forever in my heart.

『あぁ、彼女の分も生きなきゃいけない 一生懸命生きなきゃいけない』って小学校の時に思ってしまった あの時思ったことがずーっと心にあって 何をしてもダメだったり自信が持てなかった時に自分をさらに追いつめたときもあった 
でも昨日の晩 ふっとトミタさんを思い出した時に自分の幸せを実感してありがとうございますという気持ちで一杯になった そして自分ができることは何かなぁと考えられた とてもポジティブに だからやっぱり ありがとう やねんな
I used to think, I have to live as much as I can, I have to try hard because I am living.
My life is given I have to accomplish something...have to...have to...
But last night, when I remember about her. I was happy I still remember her! it was something different, wired but good sensation with full of happiness in me. I was thanking her and thanking everything.



読む人にとってはいろいろ思うことがあるかもしれないけれどこれが今のわたし
This is what I felt last night.
  












2013年1月7日月曜日

ブリテン上陸

ブリテン島に上陸して3日が経ちました

北デヴォンのリゾートIlfracombe近くのLee Bayという村のThe Grampus Innというパブ&レストランに滞在しています
朝、目が覚めると小鳥がチュンチュン言ってますし、近くの小川のせせらぎも聞こえてとっても気持ちいい〜

Lee Bayは谷間にある小さな村で近くには森林、浜辺がありとっても自然豊かで美しいところです パブから小さな小道を15分くらい歩くと浜なのですが、潮の干満では風景が全く違って見えるので驚きです
 
パブでのくらしはとっても楽ちん、こんなんでいいのか?と心配になるくらいです

朝の掃除、休憩、ランチの手伝い、休憩、夜の手伝い ←こう見ると結構大変に見える?

でもパブが閑散期なので休憩ばかりだし、シェフによる昼食と夕食はメニューから選べちゃうし、パブのなかの食べ物何でも食べていいってルールだし、私、数日後にはまんまるになっているという心配です

といっても日月火としか働いてないし、金土は比較的忙しいみたいなのでまだまだわかりません 毎週金曜の夜はミュージックナイトで地元のバンドがフォークミュージックを演奏するので忙しいみたいです 生音楽、楽しみだな〜




2012年12月26日水曜日

メリークリスマス!

Happy Christmas!
アイルランドのゴールウェイに滞在しております
今年のクリスマスはイギリスの予定だったのですが、一緒に行く予定だった友人家族の2人が風邪をひいてしまったので彼らの地元ゴールウェイで過ごすなりました

急遽決まったので23日まで働いているお母さんはクリスマスディナーの買い出しに23・24日と家にいるお父さんにリストを渡して行ってもらっていました。でも何か忘れてたり、違ったもの買ってきたりで
「あれ、あぁ、ちゃうか、ちゃうやつがいったんかぁー」といった具合でした

私は暢気なもんで、天気がいいなぁ〜サイクリング〜とぶらりとでかけたりしてました
ちょっと街まで足を伸ばしお世話になっている家族みんなのクリスマスプレゼントの買い物もできてラッキー☆でした
しかし22日までは濃霧だったり暴風雨だったりでなかなか外に行けない日が続いていたので晴れると本当に嬉しい!

イブは6時からの子どもたちのためのミサに参加するため地域の教会に出かけました
お母さんがお父さんを誘ったのですが「ボク無信心論者だからいい」と断られていました
で、無信心論者な私ですが子どもたにのかわいい「キリスト生誕」劇は楽しみました
神父さんがiPhoneをみながら「今、サンタさんからメールがあったけど、今みんなのところに向かってるよ〜だって」と言っていたのがおもしろかったです

さてさて、クリスマス当日はGalway伝統行事の寒中水泳に参加しました〜
水の中に入ると凍るように冷たくて、体中びりびり、そして水からあがる階段まで必死で犬かき・・・ちょっとパニック状態で普通に泳ぐことを思い出すまで数秒かかりました 笑




2012年12月20日木曜日

念願Kilaのコンサート♪

念願のKilaのライブに行ってきました〜

友人が「早めのクリスマスプレゼントね」とチケットを買っていてくれたのです
だがしかし、当の友人は2日前から風邪を引いてしまい、「行けない・・・」
私「えぇ〜1人でダブリンまで行ってKila〜?!」と大ショックでしたが、『行かない』という選択肢はなく、当日も「ごめんね、行ってきまーす」と出かけました でもやっぱりちょっと後ろ髪引かれる思い・・・だってKilaを教えてくれた張本人だし、楽しみにもしてたから

Galway からDublin はバスで2時間半、結構遠い 
車中では風邪引きくんから言い渡されたミッションを遂行できるかでドキドキ
そのミッションとは・・・「余っちゃうチケット会場前で売ってきて〜」
私「そんなんできるんかいな?」

ちょっと早く着きすぎたのでダブリンのテンプルバー地区を徘徊 
表通りと他の細い道ではぜんぜん雰囲気が違うのね、細い道は本当に暗い

開場時間くらいに戻るともうみんな並んでる・・・わお
ダブリンに住んでる友人ピーターとは会場で落ち合う予定だったけどあと1時間くらいあるので、やっぱり1人でチケット売りに挑戦
まずは並んでいる前後の人に「チケット持ってる?」と聞いてみるが、みんな「持ってるよ」 はい、そうですよね〜 
一旦、会場に入ってから再度挑戦
「あの〜チケット余ってるから売りますよ〜」と適当に声をかけるものの、「あそこで売ってるからいい」と正規のチケット売り場を指差されたり、立ち見にも関わらず「連番でチケット欲しいからいらない」とかなかなかね でも、真っ赤なコートを着たお姉さんが「私はチケットあるけど友だちに訊いてみたげる〜」と携帯を取り出しプルルル・・・私「いや、そこまでしなくてもいいんですけどぉ〜」結局「出なかった」のでチャンチャン 次を探す!すると3人組のオジさんグループがニコニコしてたので「あの〜チケットいりませんか?安くしときまっせ〜」と近づいていくと「いくら?」と早速訊かれ、私まごまご「10ユーロ安くしときます!」で交渉成立!わーい! オジさん達に「浮いた10ユーロでギネス飲んでね〜」でお互いハッピーでした

そうこうしている間にピーター到着 あぁ〜良かった孤独からの解放にホッ
外でチケットを売ったことを伝えると"good on ya!"簡単に言ってくれるよね〜でした

ワクワクで会場に入ると既にたくさんの人!そこでピーターの友だちヒューも合流して3人で前座のよくわからないオジさんのテノールを聴きました なんでKilaはこの人を前座に呼んだのかしら?!と不思議でしたが ま、いっか

Kilaが出てくるまでを長々と書きすぎね

あ、それからKilaとは・・・ウィキペディアに日本語でも載ってる! http://ja.wikipedia.org/wiki/キーラ_(バンド)

カメラの持ち込みを忘れ写真は壊れかけのiPhone3GSのためぼやぼや 悲しい・・・

どこからKilaの登場を書けばいいのか分からなくなってしまった!

まぁいい

はい、舞台にボーカルのローナン出てきました!オジさん!

あ、やっぱ、さっきロビーでスレ違ったおっさんやん!
はい、そうなんです1人でロビーにいた時このおっさんが向こうから歩いてきたんです、『あれ?この人Kilaちゃうの?』と思っている間にどっかいっちゃったのよね、ファン失格ね しゃべりかけたかったなぁ〜 後悔先に立たず・・・

やっぱり、いい!生はいい!音楽ってパワーだね、と心底思った

会場の真ん中あたりに3人でいたのですが コンサートが進むに連れてじりじりと前進しもみくちゃになりながらピーターとヒューと顔を見合わせて3人で恍惚の表情・・・笑

楽しかったです、周りの人たちもいろいろでノリノリで飛び跳ねてて足くじくアンちゃんがいたりガールズはおしゃりに夢中だったり、革ジャン三つ編みひげ面のおっさんが微動だにせず立っていたり、アイルランド人じゃない人たちグループがいたり様々

そして私も跳びはねる、ピーターもよくわからない動きで楽しんでいて、ヒューは・・・大人しく音楽にのっている・・・あぁ楽しかった!


2012年12月10日月曜日

Belfastのホステルに住む

ベルファスト行き直前に決めておいた一晩目の宿にひょんなことから住み込むことになり1ヶ月半も滞在することになるとは思ってもいませんでしたが、様々な経験を得ることとなりました

ベルファスト到着は夜だし友人も知人もいないので不安だったのですが、ホステルに着くとハロウィーン直前で酒盛りのどんちゃん騒ぎウィスキーのボトルがどんどん空になっていくのを目の当たりにして唖然・・・でした
とはいえ、他のお客さんもスタッフもみんなとっても親しみやすくその晩は『あぁここでよかった〜』と思ったのでした

安く宿泊することを考えていたのですが、翌日は連泊することに決めホステルの中でのんびりしながらスタッフと会話をはじめると、ここのスタッフはみんな住み込みボランティアということを聴き「あなたもオーナーに頼んでみれば?」と軽く言われたので私も「あ、じゃ、あそうしてみようかな」と軽くオーナーを捕まえて「ここのスタッフ今募集してるって聞いたけど、私働いてもいい?」と訊ねると「うん、いいよ〜メール送っといて」ということでスタートしました
「ラッキー!なんて簡単なんだ・・・こんなんでいいんか?」というのがその時の感想


仕事は朝と夜のシフト制、1日10時間を週3働いてあとは自由・・・
食事は働いてる日の朝食+50ポンド/週 
部屋は他のスタッフと相部屋そして二段ベッド


朝の仕事は
午前7時〜午後5時
お客さんの朝食づくり english breakfastやスクランブルエッグ、ベジタリアン、ポリッジなど
受付業務 チェックイン・アウト、電話受け、ツアー勧誘、ベルファストの観光案内等、簡単なことだけ
ベッドメイキングと掃除 ホステルの中すべてをきれいに!掃除機(ヘンリー)→モップ、トイレ、シャワーの掃除、窓ふき等々

夜は
午後5時〜午前3時
受付業務 お客が夜中に酔っぱらって騒ぎ出したら「100ポンドチャージするでぇ〜」と脅して静かにさせたり、台所のクリーンさを保つことや、酔っぱらいのトイレの後始末・・・などなど

週3連続で働いたら4日間はお休みだし、6連勤した時には8日間ふらりと遊びに出かけられちゃうというとってもフレキシブルなホステルだったので、スタッフ同士で計画を立てて一緒にDerryに遊びに行ったり、Galwayの友人を訪れたり、Dublinのライブを観に行ったりすることができました

スタッフメンバーは基本7人

アメリカK お姉さん オクラホマ出身 ホステルのことは彼女に聞けばなんでも知っている オンライン学生 そしてとってもいい人 途中からイギリスへ旅だっていきました その後のホステルは大混乱・・・

オーストラリアS 年齢不詳髭もじゃオジさん 彼はペインターとしてステイ めっちゃゆっくり話てくれるのはいいけど、同じことを何度もくり返すので眠くなっちゃう

スペインP 21歳男 マドリッド出身 「元兵士」っていう誇りがありすぎて?とっても横柄 根はいい坊や タトゥーが大好き ロック大好き 

スペインM 25歳女 南部マラガ出身 とっても陽気でなにかあっても気にしな〜い 元兵士にわー!っと言われても聞き流すのがとっても上手 仕事も手を抜くのが上手 なのに嫌みじゃない 

スペインA 26歳男 北部ア・コルーニャ出身とっても真面目で優しい そしてやっぱりあんまり気にしな〜いタイプ でもオーナーとトラブって追い出されちゃった!一番の働きものだったのに

アメリカKa 19歳女 ウィスコンシン出身「あたしなんでも知ってるの!」めちゃ上から目線で自分のこと話すのが大好きー!すぎる女の子 でも口ばっかりが透けて見えちゃう オーナーとトラブって追い出される・・・

カナダS 19歳女 カルガリー出身 お酒大好き〜旅するの大好き〜そして面白いこと好き〜一番私と感覚が近かったかも?ヒッチハイクとカウチサーフィンの猛者、ちょっと尊敬しちゃう

スウェーデン人L 24歳 北欧美女 大学での専攻に疑問をもち旅に出たんだって 落ち着いているけど酔うとめちゃくちゃおもしろくなる・・・

スペインAl 28歳男 母国の就職難が深刻すぎてダブリンにきたけど、金銭トラブルでベルファストへ 特別枠でステイすることに やっぱり切羽詰まった間は他のスペイン人とはレベルが違った・・・

アメリカA 23歳男 カリフォルニア出身 ここにもいた自分大好きアメリカ人 自分で「ボクCOOL」と言っちゃう寒さと言ったら・・・ないよ でもいい人なのはひしひしと伝わるから 笑いを堪えるのが大変でした

チェコM 27歳女 私が働き始める前に他の職を見つけてホステルを去って行ったしっかり者、引っ越した後も一緒に出かけたり ちょっと目つきが怖いので新しい職場でお客さんに切れられたりしてたらしい 

フィリピンD 28歳女 めちゃかわいい女の子って感じだけど、仕事の手を抜きすぎて他のスタッフからブーイング 私が働き始める前にビザが切れて帰国 パーティーガール

ドイツM 19歳女 1日も働かず母国に帰って行った子

オーナーW 33歳 見た目は55歳くらい 出前と毎晩のウィスキー+コーラで超不健康 ホステル経営してちゃ休日もなくストレスの塊になっちゃうのかしら アル中寸前? 酔うとレイシスト発言が激しくてみんな辟易 実は孤独でかわいそうなおっさん

以上!

個々のストーリーは後々〜